1か月近くブログ更新を怠っていました。
世間の趨勢は「呟き(囀り?)」に移行していますので、
このブログというメディアの重要性は低いのでしょうが、
毎日10名前後の方々の訪問を頂いているからには、
責任、とまではいきませんが、
ちょっとした申し訳なさは感じております。
この1カ月弱の間に、
都内国私立中、都内(および周辺県)国私立高、都立高、主要私立大
などの入試日が次々と襲来しました。
そして、今日明日は国公立大の2次試験日です。
(お察しの通り、それらは「ブログ放置」と関係があります。)
私が関わった少年・少女たちも、めいめい健闘して立派な成果を挙げて(挙げつつ)います。
もちろん、「第一志望」には届かずに涙を呑んだ諸君もいますが、
それはむしろ胸を張ってよいことなのです。
なぜなら容易い目標設定で妥協せず、果敢にチャレンジした結果なのだから。
テストで点を取れなかったのは、たまたま受験指導した者(=私)に恵まれなかったのです。
あなたには後ろ(試験の点数などという瑣末なこと)を振り返る暇などありません。
次のチャレンジに向かってスタートを切るべき時が来ただけです。
大学受験ならば、浪人して捲土重来を期す、ということも可能ですが、
中高受験の場合、結果によっては「不本意な第二(第三)志望」に進学せざるを得ない場合もあります。
しかし、「不本意だ」と思いながら三年間(六年間)も通学するのは大いなる損失です。
そもそも「志望校」とは何だろう。
もし、「合格しさえすれば『パスポート』を与えてくれる、自分にぴったりの環境を有した学校」
だと思っているならば、残念ながら「志望校合格」は不可能だし無意味です。
そんなところは、この世の中のどこにもない。
もしあったとして、今の自分にぴったりということは、
「今の自分から成長した自分」には不適切なわけで、その学校では君は成長しないのです。
意味があるとすれば、入学前に志望していたかどうかではなく、
卒業した後で「ああ、あの学校生活はよかったな」と呟くことのできる学校です。
そんな学校を卒業することは、「第一志望」に合格した人にもそうでない人にも可能です。
(そして、「自分が卒業したのはそんな学校でなかった」と呟くことも等しく可能です。)
10年後、20年後にそう呟いている自分を先取りするような(先験的な)学校生活を送れば、
結果としてそこは素晴らしい我が母校になっているわけです。
「ここに入学してよかった」と無理に思いこめ、という意味ではありません。
「そのうち『ここに入学してよかった』と呟いてやろう」と決めた方がいいよ、
ということです。
少なくとも、「不本意」という蓋を心に乗せたまま入学するよりずっと幸せですね。
…と、受験ではいつでも「第二志望」に進んできた私は、思っています。

夕陽を浴びつつ「この切り株に座ってよかった」と呟く豚児
世間の趨勢は「呟き(囀り?)」に移行していますので、
このブログというメディアの重要性は低いのでしょうが、
毎日10名前後の方々の訪問を頂いているからには、
責任、とまではいきませんが、
ちょっとした申し訳なさは感じております。
この1カ月弱の間に、
都内国私立中、都内(および周辺県)国私立高、都立高、主要私立大
などの入試日が次々と襲来しました。
そして、今日明日は国公立大の2次試験日です。
(お察しの通り、それらは「ブログ放置」と関係があります。)
私が関わった少年・少女たちも、めいめい健闘して立派な成果を挙げて(挙げつつ)います。
もちろん、「第一志望」には届かずに涙を呑んだ諸君もいますが、
それはむしろ胸を張ってよいことなのです。
なぜなら容易い目標設定で妥協せず、果敢にチャレンジした結果なのだから。
テストで点を取れなかったのは、たまたま受験指導した者(=私)に恵まれなかったのです。
あなたには後ろ(試験の点数などという瑣末なこと)を振り返る暇などありません。
次のチャレンジに向かってスタートを切るべき時が来ただけです。
大学受験ならば、浪人して捲土重来を期す、ということも可能ですが、
中高受験の場合、結果によっては「不本意な第二(第三)志望」に進学せざるを得ない場合もあります。
しかし、「不本意だ」と思いながら三年間(六年間)も通学するのは大いなる損失です。
そもそも「志望校」とは何だろう。
もし、「合格しさえすれば『パスポート』を与えてくれる、自分にぴったりの環境を有した学校」
だと思っているならば、残念ながら「志望校合格」は不可能だし無意味です。
そんなところは、この世の中のどこにもない。
もしあったとして、今の自分にぴったりということは、
「今の自分から成長した自分」には不適切なわけで、その学校では君は成長しないのです。
意味があるとすれば、入学前に志望していたかどうかではなく、
卒業した後で「ああ、あの学校生活はよかったな」と呟くことのできる学校です。
そんな学校を卒業することは、「第一志望」に合格した人にもそうでない人にも可能です。
(そして、「自分が卒業したのはそんな学校でなかった」と呟くことも等しく可能です。)
10年後、20年後にそう呟いている自分を先取りするような(先験的な)学校生活を送れば、
結果としてそこは素晴らしい我が母校になっているわけです。
「ここに入学してよかった」と無理に思いこめ、という意味ではありません。
「そのうち『ここに入学してよかった』と呟いてやろう」と決めた方がいいよ、
ということです。
少なくとも、「不本意」という蓋を心に乗せたまま入学するよりずっと幸せですね。
…と、受験ではいつでも「第二志望」に進んできた私は、思っています。

夕陽を浴びつつ「この切り株に座ってよかった」と呟く豚児
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